頭の中のぐるぐる

悪意。

今日の夕食は親子丼だった。うまかった。

人の悪意について考えていた。

誰かと誰かが話すのを見ていると、稀に悪意を感じ取ることがある。

明らかにその人を陥れようとしている言葉。

仕事場や電車の中、家庭内。いろんなところで。

無論、自分もないとは言いきれない。自覚がないかもしれない。

ただあまりにもそれが多すぎる人を見ていると、顔が歪む。悲しくなる。

それを伝えたとして、何になるのか。

もしどうしても伝えたかった言葉だとしたら、それは伝え方の選択肢を間違えている。

間違いという言葉が否定的すぎるのであれば、誠実ではないと思う。

繊細な人にとってはそれは殺意にまで進化してしまうかもしれない。

最近の騒動だってそうだ。

一対何万で誹謗中傷して楽しいのか。

当事者間の問題を拡散させる意味は。

その言葉を伝える意味は何だ。

なぜそんなに容易く傷つけられるのだろう。

殺せるのだろう。

せめて標的になってしまう人にはこうあって欲しい。

知らない人には耳をかさないと。
暇な奴らがいるものだと。

よくわからなくなってきた。

今日の夕食は味がしなかった。